虚木零児の仮説置き場

虚木零児が他人の行動に仮説を立てるブログ

それはバグと言うよりも仕様では

虚木零児です。

トランス女性の温泉の入場で揉めた話や、染色体的には男性の陸上選手が記録を席巻している話が出てくると「バグだろ」っていう言説が出てくるんですよね。トランスジェンダーという仕組みを悪用する男性をバグと言う人もいれば、男性に悪用されるような仕組みをバグという人もいます。

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今回、これら2つの事件を例示しましたが、これらに登場するトランス女性が悪意ある攻撃者か否かは問題にしません。あくまでそれぞれのようなケースが悪意ある攻撃者によって悪用された場合の話をします。私が攻撃しているのは架空の悪意ある攻撃者であって、今回の事件に登場したトランス女性のことではありません。僕は彼女らがどういった人物であるかは興味もないし、問題の解決についても意見はありません。

僕が話したいのは「これらの事件は本当にバグによるものか?」です。

今日において、バグとは平たく言えば想定と違う挙動のことです。原義的には機械やプログラムにおける誤りや欠陥を指しましたが、開発や製造に関わらない利用者もこの単語を利用するようになってからは、期待しない挙動を指してバグという人が増えました。簡単な例を上げるとすれば、利用者が青く光ってほしいタイミングで赤い光を放つシステムがあったら、それは「赤く光るバグがある」と言われることがあります。

ここで言う「想定と違う」にもいくつかの種類があります。一つは利用者の想定と開発者の想定が違う場合。もう一つは利用者も開発者も同じ動きを想定しているが、実際の挙動が違う場合です。プログラム、あるいはソフトウェアの世界的には、後者は変わらずバグと呼ぶ一方、前者は仕様と片付けられる事が多いです。

というのも、後者は本当に想定していない動きなのに対して、前者は利用者がソフトウェアが持っていない機能を求めているのが原因なんですね。音楽を再生するソフトウェアで動画が再生できないのはバグではありません。もともと音楽ファイルしか再生できないソフトなのに、対応外のファイルをユーザーが持ち込んだのが悪い。

ですが、マルチメディアプレイヤーで音楽が再生できないのはバグ……の可能性が出てきます。対応していない形式のファイルを読めないのは仕様ですが、対応しているはずの形式のファイルが読めないのはバグでしょう。まだこの情報だけではソフト側の問題か、ファイル側の問題なのかの切り分けが必要だと思いますが、どちらかのバグと言って差し支えはない。

何が言いたいかといえば、バグか仕様かの違いは、正しい挙動があってそれと差異があるか、無いかでしかない。先刻の例で言えば赤く光るからバグなのではなく、赤く光ってはいけないタイミングで赤く光るからバグなんですね。

さて前置きが長くなてしまいましたが、先程のトランスジェンダーに関する問題に戻りましょう。トランス女性による陸上の記録席巻、女性用サウナスペースへのペニスをもったトランス女性の入場は果たしてバグなのでしょうか。

僕が知る限り、トランスジェンダーに対しては「当人たちの性自認を尊重する」のが正義とされています。そこには何ら留保をつけるべきではなく、身体的特徴がどうであるだとか、性的指向がどうであるといった理由から「あなたは男性、もしくは女性ではありません」と言うのは人権侵害です。生得的に持ち合わせた肉体、染色体がどうであれ、彼ら彼女らは自認する性別として生きてよいのであり、何人たりともそれを否定してはならない。というのが原則なので、「あなたはこれこれこういう理由から女性、もしくは男性として認められません」なんて物言いは許されません。

そういう思想に基づいて「性別、宗教、人種を問わず、いかなる差別もしてはならない」という法律が運用されているのですから、旧来的な価値観に基づいた女性の特徴――筋肉の量が少ない、ペニスを持たない――を備えていない人物、つまり筋肉量が多くてペニスを持った人物が女性に分類されるのはバグでもなんでもない。先の例で言うと仕様通りです。

こういうことを書くと「男性競技では箸にも棒にもかからないから、体力的に劣る女性たちに紛れ込んでいい目を見ようとしている輩を排除するだけだ」とか「トランスジェンダーを隠れ蓑にして堂々と行われている覗き行為だ」といった幻聴が聞こえてくる訳です*1

確かに女性として認められるにはいくつかの条件を認める必要があるのだ。とすれば、先に言ったような悪しき野望を抱いた人物を排除することができるかも知れません。ですが、それは同時に、そういう望みを持っていないけれども、偶然にも条件を満たしている人たちは排除されてしまうことになります。排除はやりすぎだ、陸上競技会に参加したり、サウナに入場するのをやめさせるだけだ。だとしても、結局、トランスジェンダーであることを理由にして行動を制限することに変わりはありません。

つまりは先刻掲げた正義に真っ向から対立するわけなんですが、本当にそのラインで戦えるんですか?

僕はどちらかといえば古い人間なので、個人的には身体的には男性だろうという人物と競争させられた染色体的な女性や、男性にしか見えない人物の裸身を見せられ、あるいはその人に自分の姿を晒すことになったサウナの利用客が被害者のような感情を抱くの仕方のないことだと思います。我々が慣れ親しんできた旧来的な価値観においては、男性と女性は相互に混じり合うことのない存在でした。女性だけと定められたエリアには女性的な特徴を持ち合わせた人物しかいません。

そういう守旧派の価値観からすれば、女性とはペニスを持たず、筋肉の量が少なく、胸に膨らみがあって……という特徴を兼ね備えた人のことで、筋骨隆々のむくつけき大男が「女です」と言ってもにわかには信じがたい。肉体的、あるいは、染色体での男女分けを想定している人たちにしてみれば、そのルールに従わない挙動をするトランス女性を許容するシステムがバグっている様に見えるし、そういう挙動を利用して本来立ち入るべきでない領域に入る人たちもバグに見えることでしょう。

ただ、肉体的な性別、染色体的な性別と性自認の異なる人達がいて、そういう人たちが自認と異なる性別で生きることに苦痛を覚えている人たちの苦しみを理解し、生きやすいように彼ら、彼女らの自認する性別で扱いましょう。という声が形になってできたシステムなので、彼女らの入場はバグでもなんでもありません。むしろ、トランス女性たちが本来持っていた権利が認められたと言ってもいいでしょう。

こんなシステムを望んでいた訳でもない守旧派の人たちからしてみればとんでもない話だとしても。です。

ただ、不思議なのは、普段は性的少数者の権利を守ろう、トランスジェンダーの権利を守ろうと掲揚し、守旧派の価値観をヘル〇〇と罵っていたような人たちが、冒頭のような出来事が起きたときに「制度が悪用されている!」って大騒ぎしていることなんですよ。明らかなバグを含んだシステムを称揚していたのはお前らだろ、なんでそんなに他人事なんだ。

実際、本来であればこういうシステムを導入する前に、十分な検討と検証が行われるべきだったんですよ。本当にトランスジェンダーが自らの標榜する性で生きることを全面的にヨシ!していいのか、その影響でどういった悪影響が考えられて、それらに対する対策は何が必要なのか。対策によって、トランスジェンダーたちが求めてきた要求からどれだけ離れてしまって、それは彼ら・彼女らから同意を得られるのか。そういった話を事前に十二分に詰めて、詰めて、システムとしてどうやらうまく機能しそうだという確信を得た上で実装して運用し始めればよかった。

今回は理想が先走りした結果、特に検討も重ねられないまま実装されてしまい、旧来システムでは守られていた女性の権利が攻撃者によって脅かされる羽目になり、こうして問題になった訳ですよね。法律の問題、瑕疵を含みそうな部分について議論することの必要性を感じさせる素晴らしいエピソードだと思います。

まあ実際の所、啓蒙主義的な人間たちが自分たちの手で掲げた理想を愚民共に言われて収めるなんてことができるはずもなく、余計なことを言う奴を放逐してでも瑕がつくような議論は避けられるみたいな所ありますから、どうすることもできなかったんだと思います。結局、旧来的な価値観を変えるまでには至らず、ただ現実問題法律があるので進取的な運用だけは開始され、古い人間たちは欠陥法に苦しめられ、恩恵に預かるはずだった人たちも価値観の残滓に傷つけられ、インテリたちは愚民を罵り、愚民たちはインテリたちを見放していく。得をしたのは自らを女と偽ってでも野望を果たしたい変態たちばかりという可能性、十分あると思います。

 

悪用する奴が悪い、という話はその通りだと感じますよ。性において悩みや生きづらさを抱える人達の苦しみを少しでも軽減するための制度で、自分の利益を追求するためにいわゆる対象でない人たちが利益を得ようとするのは浅ましい。その意見には別に反対しません。確かにそのとおりでしょう。

ただ、悪用されかねないルールを構築しておいて、悪用した人間をブン殴って終わりというのもどうなんだ。意気揚々と称揚してきたお前たちが、システムの穴を早急に塞いで責任取れよと思います。無責任すぎるだろ。

あとはまあ、悪用する奴憎さに「女の裸見て、性的興奮を覚えるような奴は男だろ!」って言ってしまうのは流石にどうかと思います。性的指向って身体的な性別や肉体的な性別に左右されるようなものなんでしたっけ? なんか、俺が聞いてた話と違うんですけど……。

正直、人間は自分たちで言うほど自由には耐えられないんじゃないかという疑問だけがどんどんと大きくなっていきますが、皆さん、頑張っていきましょう。

*1:多分、本当に誰かが言ったか書いたかしたのを目撃しただけなんですが、誰が言ったのかすっかり忘れたのでどうしようもありません