虚木零児の仮説置き場

虚木零児が他人の行動に仮説を立てるブログ

映画見なくても制作陣が十分面白い

虚木零児です。映画は基本的に見ません。

アルフレッド・ヒッチコック。映画史に多大な影響を与えたとされ、関連する書籍もとてつもなく多い。……らしい。

門外漢の僕でも名前を聞いたことがある位なので映画オタクの間ではかなり有名な人なのでしょう。影響を受けた人も少なくない偉人であり、最も影響力のある映画監督の一人に数えられることもあるのだとか。

だから、映画業界からこういった引用が出るのも仕方のないことなのでしょう。

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ヒッチコック監督が、演出に対する不満をぶつけてくるイングリット・バーグマンに言った言葉が好きです。「たかが映画じゃないか」

はぁ……。

ここに出てきたイングリッド・バーグマンヒッチコックの監督作品に出演したこともある女優で、立場的には内輪の関係者です。こだわりの強いバーグマンは「こんな撮影方なっちゃいない、こんなものは嘘だ」という批判をしたのに対し、そもそも映画は嘘だぞという主旨で「たかが映画じゃないか」と言ったのだと言われています。

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結局の所、この言葉は制作側で責任を持つ人間が、関係者に対して方向性を伝えるための言葉であって、映画自体を劣悪なものとして卑下してはいません。ヒッチコックにはヒッチコックなりの拘りがあって、それに反発しているバーグマンを説き伏せよう……としてはないかも知れませんが、切って捨ててはいます。この時、ヒッチコックにとってどうでもいいのはバーグマンの拘りの方であって、映画そのものは大事にしている。だから、小うるさい女優を退ける為に「たかが映画」にその拘りはいらないんだと言っている。

翻って、今回のプロデューサーは誰に向かってこのセリフを吐いたことになるのか? っていう話です。監督? 俳優? それとも、目の前のインタビュアー?

答えは明白ですよね。まず間違いなく、インタビュアーの先にいる観客に向かってでしょう。見落とされた色々な要素があるんだと続けて強弁する辺りに、受け取られ方に不満を覚えていることはほほぼ間違いない。今は酷評されてしまっているけれど、いつかは再評価されるだろうって話も同じ。故・大瀧詠一さんなら認めてくれただろう。も同じで、わからない奴が馬鹿なんだって言いたくて仕方ない。

何が悲しいって、無意識に権威を頼っちゃってるんですよね。ヒッチコックしかり、大瀧詠一しかり。残念ながら、大瀧詠一が褒めようが貶そうが、つまんねえ映画はつまんねえんですよ。

逆に言えば、万人に扱き下ろされようが、面白かったなら面白いでいいんですよ。私達は面白いと思うんだけど、お客さんには共感していただけなかったで良い。「いや、見てほしかったのは、死体処理じゃなくて、それを巡る三角関係と政治風刺とコメディなんだよな~」とか非難がましいこと言わなきゃまだマシだった。

だって、皆、それらも含めてつまんないよねって話してますからね。

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「怪獣災害をきっかけに余計こじれてしまった、かつては友人同士の三角関係」という優れた着眼点を、映画の見所として、存分に活かして欲しかった。

aozprapurasu.hatenablog.com

つまり、三木監督が本作で「ドント・ルック・アップ」をやろうとしてるのは明らかで、怪獣映画という体で日本を風刺するという狙い自体は凄く面白いと思うんですよ。

もしキチンとやり切れれば、本作は日本映画史に残る名作になったかもしれませんしね。

ところが、この題材、三木監督には少々荷が重かったようで

type-r.hatenablog.com

それから「ギャグが全然面白くない」という指摘も多くて、これはまぁその通りなんですけど(笑)、厳密に言うと「ギャグなのかそうじゃないのか分かりにくいシーンが多すぎる」ってことでしょう。

ここに上げた三本の記事は三角関係も社会風刺もコメディも読み取って、それぞれの視点から取り上げた上で「つまらなかった」と評していらっしゃいます。つまりは、やりたかったことも実際にやったことも理解した上でつまんないって話なんですよ。わかってもらえなかったんじゃない。わかっちゃいるけど面白くない。

この人達の中では「わかってもらえれば楽しんでもらえるはずだ」って自負があったんだろうな、というのは想像できるんですけど、この有様を見ると世間的にはうぬぼれに分類されるものなんだろうなとも予想が付きます。面白いことも言えないし、面白さを見つけるのも下手な人。みたいな。

ちなみに、ブログに記事をアップしてくれるような人なんて客の中では上澄みなんだから、多くの人は気づいてくれなかったんだって説は取れないこともないです。

ただ、最後に紹介したタイプ・あ~るさんの記事において

また、「不倫のエピソードが目障りだ」との批判も多く、帯刀アラタ(山田涼介)、雨音ユキノ(土屋太鳳)、雨音正彦(濱田岳)の三角関係が割とガッツリ描かれている割には、最終的に彼らがどうなったのかよく分からないまま終わったり…。

とある訳ですよ。少なくとも、この人の観測範囲では三角関係(不倫)自体はそれなりの数の観客からは認識されていて、なんら面白いと思われていない。何なら目玉と思われていないばかりが、余計なものとして扱われてしまっている。

冷静に考えれば、映画で描かれた些細な要素が見落とされるならともかく、制作陣が主題と思って作った部分が見落とされるなんて、まずないでしょうからね。逆に本当にそんな事が起きたなら、お前らは2時間もかけて何を描きたかったんだっていう話になると思います。

たかが映画とはいえ、自分の仕事にはもっと誇りを持ったほうがいいですよ。たかが映画ごときに携わったぐらいのことを誇りに思うなんて難しいとは思いますが、それでも立派なクリエイションな訳ですからね。たかが映画の中でも売れもしなければ、ウケも取れなかったないないづくしの作品であっても、胸を張っていいと思います。

個人的には二度と関わらなければいいとも思いますが、そこは彼らの人生なので。

 

それにしても、観客に向かって「たかが映画に何を期待してるんだ」って言えちゃう人間が、映画制作にプロデューサーとして関わってるって凄い話ですよね。仮にも自分たちの売り物を取るに足らない、価値がないものと評してしまうのがすごい。あんたらはそのくだらないもので客から金を巻き上げる仕事なのだが。

観客が映画に何を求めているのか、どういう映画が商品として売れるのか。っていう観点がすっぽりと抜け落ちている感じがすごい。とりあえずこういうのをお出ししておけばウケるんでしょう? と映画と客をナメてる気配すらある。

巨大怪獣を暴れさせるという日本映画のポピュラーなスタイルを取るのではなく、一旦、死体というモノに落とした上で改めてスポットを当てなおす。そのイデア自体に期待されていたのに、それを裏切って三角関係と政治風刺とコメディですからね。それ別に怪獣の死体がなくても全部出来るでしょと我々みたいな凡百の人間は思ってしまいますが、あえてその道を行く。いやはや、センスが違います。

それだけにインタビュアーに「着眼点の良さを活かしきれなかった?」って尋ねられた時に正気を保てていたのか心配になります。わりかし本気でキレたんじゃねえかなって思います。不躾な質問もありましたが、って言ってますしね。文字起こしされたインタビューには特に無作法なところはないと思いますが……。

インタビュー全体を見ればわかりますが、少なくともこのオジサンたちは巨大な生物の死体なんて舞台装置の一つで他の何かで代替可能なもの、いわゆるマクガフィンとしか思っていません。ウラニウムの入ったワインの瓶に対してプロデューサーから難色を示されたヒッチコックが、「ならダイヤモンドにしましょう」とあっさり切り替えたように、山田涼介演じる男の起こす神風で解決できる程度の困難であれば何でも良かった。例えば壊れて立ち往生する地球外生命体の宇宙船でもよかった。別に怪獣の死体である必要はなかったんでしょう。別に三角関係と政治風刺とコメディやる分には

  • 人間の力では解決できなさそうで
  • 登場人物の秘めた秘密の力を使えばあっさり解決できる

ものであれば、何でもよかった。それが怪獣の死体になったのはたまたま監督がそういうことを思いついたから。監督が宇宙人の難民が来たらどうすればいいんだろうね。って思いついていたら、そういう話になっていたかも知れない。

ま、実際に求められていたのは、人々が怪獣の死体に四苦八苦する物語なんで、悲しいすれ違いが起きちまった訳ですが。

この人達の立場に立つと本当に悲しいと思います。こだわりにこだわった、三角関係政治風刺コメディ描写もせいぜいが添え物みたいな扱い、下手すりゃゴミ扱いされているわけですから。挙げ句、話の種になっただけの怪獣の死体という本当にどうでもいい思い付きが、やたらと持ち上げられてるというのが追い打ちをかける。なんて見る目のない奴らだ! と思うのもわからんでもない。

とはいえ、商売でやってんだから、そこは外すなよって話です。期待されているものに挑戦して失敗したなら、「惜しかったね」で済む。期待と違うものをお出しされても、見れるものなら「思ってたのと違うけど面白かったね」で話題になれる。期待を裏切った上につまんねえもん出したら「クソ」の一言で終わり。エンタメ名乗るんならそれぐらいは覚悟しておいてほしい。

 

ちなみに、ヒッチコックは映画を作る際にマクガフィンについては軽く触れるだけに留め、観客たちがそちらに気を取られ過ぎないようにしていたそうです。この件以外でもヒッチコックは魅せることについて様々な技法を凝らしていらしゃったというお話ですから、そういった工夫の一環なんだと思います。

こうして実際に、観客がマクガフィンに気を取られて、伝えたかったことが何も伝わりませんでした、って映画が出てきてしまうのですから、さすがは映画界に多大な影響を与えた人物の一人。含蓄がありますね。

まあ、たかが映画だしどうでもいいんですが。