虚木零児の仮説置き場

虚木零児が他人の行動に仮説を立てるブログ

本当にそれで幸せになれると思っていたんですか

虚木零児です。

前回はオタクではないと嘯きましたが、実際、ちょっと前まではオタクを自認していた部類の人間ではあるので、声優――しかも、名前を知った人間が廃業と聞けば、少しは悲しくなるワケです。それがインボイス制度の導入で事業継続を危ぶんで……と聞けば、もう少しどうにかならないものか。と思わないでもない。

ただまあ、こういう記事を出されると「廃業やむなし」みたいな機運も高まると思うんですよね。正直。

biz-journal.jp

この業界では、報酬が支払われるのが、仕事をした月の3カ月後だったり10カ月後だったりというケースがザラにあるのですが、

ニュースサイトで読む: https://biz-journal.jp/2023/09/post_359208.html
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それは何ら誇るようなことじゃないし、インボイス関係なくさっさと辞めるべき悪しき習慣だと思います。もしこれが、インボイスの所為で継続できない! って話なら、丁度いい契機だからやめればいいと思うんですよね。やめられないならそもそも全体を見直したほうがいい。

というか、報酬を支払われる側の声優たちも参加してる組織が「3か月後、10ヶ月後の報酬支払がザラで……」で受け入れてるの見ると、廃業する人を見ても「新天地でも頑張ってね」としか言えませんよね。正直。

他の部分も見るに、彼ら・彼女らは懸命に華やかな部分に勇気づけられてきた身としては、正直、目を覆いたくなるような惨状が広がっており、他ならぬ当事者たちがそれで良いと思ってしまっているのが悲しくなります。

『この5月にやったお仕事分はインボイス制度が適用されるのか?』と所属事務所に聞いても、誰も分からないというケースが起きています。

ニュースサイトで読む: https://biz-journal.jp/2023/09/post_359208.html
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国税庁のQ&Aにはこういう記載があるんですけど、そういうところはまだ確認されていない感じですかね。

これらについては、令和5年10月1日以後に売手が行う課税資産の譲渡等及び買手が行う課税仕入れについて適用されることとなります(28年改正法附則46①)。 

この点、同じ取引であっても、売手における売上げの計上時期と買手における仕入れの計上時期が必ずしも一致しない場合があります。

例えば、機械装置の販売において、売手が出荷基準により令和5年9月に課税売上げを計上し、買手が検収基準により令和5年10月に課税仕入れを計上するといったことも生じます。この場合、売手においては、適格請求書等保存方式の開始前に行った取引(課税資産の譲渡等)であることから、買手から当該取引について適格請求書の交付を求められたとしても、当該取引に係る適格請求書の交付義務はありません。

消費税の仕入税額控除制度における 適格請求書等保存方式に関するQ&A  P.39

仮にも声優事務所で多くの個人事業主と取引をしていくのに、インボイス適用だとか発行についての知識がないのはどうなんだ、という話ではありますし、実際、頼られる側の立場の人間がそんな次元では業界として危ういじゃあないですか。

これが「いやいや、彼らは個人事業主なんだから、我々が責任を持つところではないんだ」という話であるならば、個人事業主としてこれからの社会を乗り越えていくことができないと思った人が廃業判断するのは止められた話ではないし、君らに救えぬものを我々にはどうすることもできないんだから、涙を飲んで見送るしかないという話であります。個人事業主は労働者ではないので、労働者の権利保護ではどうすることもできません。

免税事業者を継続すべきか、インボイス登録して課税事業者になるべきか。どちらが正解かわかりません、というのであれば、まだわかります。それが、どっちの道を選んでもうまくいく気がしません。というのは単純に事業の失敗であって、今までの制度で生かされていただけだろうという話であります。

ただ既に制度自体は公開されている訳で、自分たちの状況や今後を鑑みれば、どちらが有効か、有利かの予測はある程度つくはずではあります。

note.com

実際にフリーランスの人間と、クソ労働者の私とで理解度は違う訳ではあるのですが、制度や主張を見てればおそらくこういう問題があるだろうということは想像がつくし、打開策としては取引自体を見直す以外に手はないことがわかりそうなものです。

▲グラフ1.パターンごとの売値の比較

引用記事では免税事業者Dのような立場の人は「消費税を明記せずに買い叩かれていた」という前提になっていますが、実際、漫画家や声優を名乗るアカウントの主張を見る限りは僕の作ったグラフの状況だったんだと思います。

実際、消費税を明記していなかったのを買い手側が税込み価格と勝手に判断して仕入額控除に使っていたんなら、今後はそれができなくなるという話ですし、消費税分値下げしろって言っても「それはそっちの勝手でございましょう。手前どもは元々消費税としてはいただいておりません」という話です。それなら、筋が通ります。

ところが、僕が作ったグラフだと実際に懐にほしいのは1000円なんだけど、自分は免税事業者だから消費税を納めなくて良い。ので、税込みのお値段を1000円*1にすることで、買い手がお安く仕事を頼める上に控除に90円程度使えてお得ですよ、と売り込んでたことになります。そうなると買い手側の「消費税分負けてくださいよ」って言い分に若干の言い訳が立つわけです。

「いやいや、あなたが消費税を納めると思ってこっちも買ってたし、ガメてたなんて言われても知らないよ。っていうか、そういうやり口なら今後も片棒を担がされるのは御免被るから取引やめます」

正直「そんな訳あるかい」とは思いますが、実際、消費税導入による仕入れ価格の高騰を消費税名目で価格転嫁してきたんなら、それを納めろって話になっても大丈夫だよね? という話ではあるし、消費税を納めなきゃ行けないんですか!? って大騒ぎするってことはどんだけギリギリのバランスで戦ってんだ。という話もでもあります。事業自体を見直したほうがいいし、廃業も視野に入れるべき。それはそう。

「事務処理が増大して~」という話で反対している人も一度考えてほしいんですけど、そもそもが免税事業者自体が事務負担や税務執行コストへの配慮から儲けられている特例措置なのであって、対応できない人間が登録したら話が合わないのは当たり前の話なんですよ。

www.nta.go.jp

消費税の事業者免税点制度については、「消費一般に幅広く負担を求めるという消費税の趣旨、あるいは経済社会に対する中立性の確保という観点からは、免税事業者の制度を極力設けないということが望ましい」とされる一方、「小規模な事業者の事務負担や税務執行コストへの配慮から設けられている特例措置」であると説明されてきている。

消費税の事業者免税点制度の在り方についての一考察

「消費税が預り金ではない」論にしてもそうなんですけど、実質、単なる商品・役務の対価の一部であるというなら、最初からそう書けという話だし、預り金として取り扱っていたモノと異なるモノを同質と扱うことにメスを入れられる――つまりは、課税事業者の言う消費税と免税事業者の言う消費税を違うモノとして扱い、区別できるようにする制度を持ち込まれるのは遅かれ早かれ起きたことではあります。

 また、消費者が免税事業者からの請求に応じて支払った「消費税相当額」とされる金額は、納税義務を免除される以上、単に請求書や領収書のペーパー上で算出された数値に過ぎず、転嫁すべき消費税相当額の実態を表しているものではない。すなわち、当該金額は、法的な観点からは、消費者からの「預かり金」というような性格を有しているものではなく、その実質は、単なる商品・役務の対価の一部であるというべきである。

消費税の事業者免税点制度の在り方についての一考察

正直、「消費者は消費税を負担していない」は論としてかなり無理があり、消費者――つまりは、最終の支払い人が税負担しているというタテマエがなくなるのなら、仕入れの際に支払った消費税を控除する理由が合わなくなります。

▲図1.課税事業者の取引と金の流れ

課税事業者の取引では預り金として機能しているのは、事業者Dは消費者から受け取った消費税1000円の内、直接400円を国に、残りの600円は仕入先のCを経由して国に収めることで1000円という建付けになっていたはずです。

ところが、インボイス適用後は課税事業者のみが発行できる適格請求書でなければ控除を受けられないので以下のような状態になります。

▲図2.免税事業者を含む取引と金の流れ(インボイス適用後)

単純に消費税が売上の一部を事業者が上納しているだけであるなら、11000円売り上げた事業者Dが1000円納付するのはおかしなことではないし、むしろ3300円売り上げてるのに200円しか納めていないBは何なんですかという話になります。

それもこれも仕入額控除自体が「二重取りを防ぐ」という意図で運用されているからであり、事業者Bが事業者Aに支払った消費税は国に収められるモノという前提に基づいて減算しているが為です。だからこそ、DがCに支払った600円は国に収められるモノではないので控除に回す事ができないように変更されてしまった。

つまりは仕入額控除という制度の根底には「事業者に対して支払われた消費税は全額納められる」というものがあり、今まではなあなあでやってきたけれど、厳密に適応するにはインボイス制度のように国に納付される消費税と納付されない消費税は分別できるようにする必要があった、という話であります。

そもそも、国に納付される消費税と納付されない消費税という区別が存在しなければ、こんなことにはならなかったのですが、それは先に引用しました通り「小規模な事業者の事務負担や税務執行コストへの配慮から設けられている特例措置」によって一部事業者の免除を決めた以上、どうしても発生するものです。ただ無くしたいだけならこの特例措置を廃止すればいいだけなんですけれども、そうはせずに免税事業者という枠組みを維持したまま改善をしようとするなら"こう"せざるを得ないだけです。

本当に売上の一部を強制的に召し上げる制度なのであれば、控除制度はなかっただろうし、控除制度をなくすとなれば課税事業者は黙っていないし、課税事業者の下で働いている労働者も黙ってはいません。仕入額控除制度自体が「消費税とは買い手から預かったものであり、売り手に預けるもの」という前提に基づいて設計されている以上、それを否定するということは、免税事業者制度によって守られていない全事業者からの反発を招くのは必至と言わざるを得ないでしょう。

そもそもが免税事業者という制度自体が「事業規模の小さい事業者の事務負担を軽減するための特例措置」と位置づけられている以上、相対的には「成長事業者には消費税の支払いで足を引っ張る」ものとして機能する部分が出てきます。

(イ) 継続して1000万円超の課税売上高があるにも関わらず、免税事業者に留まるために、同一の経営者が、次々に新たな法人を設立し、同じ場所で、同じ事業を、同じ店名で行うなど、制度を悪用して意図的に納税を回避しようとする例がある。

消費税の事業者免税点制度の在り方についての一考察

流石に課税売上高に至らないように抑制するのが正解とまではならないのでしょうが、こういった租税回避を行っている事業者よりも、正々堂々と事業を継続して成長を続けている人間が不利を被るような制度の維持を求めることをなんと表現するのかは各自考えてもいいと思います。

正直、反対派がいまいち人気でないのは多分、アホだと思われてるからですよ。多少知恵が回れば、ここまで書いたようなことは思いつく訳ですし、それを踏まえた上で反対するには「仕入額控除の定義をなんとかしないと無理だな」と悟れると思います。預り金であるか、ないか。消費者が負担しているか、否か。はなるほど関連はあるのですが、いずれにせよ現況の仕入額控除には確実にぶつかり、維持をするつもりならここの定義をいじらないと成立しません。

ちょっと、考えたらわかるやろ。その脳みそで事業主は無理や。

この記事とか顕著な例ですよね。

www.itmedia.co.jp

その結果、手作業でインボイス対応を行った場合の作業時間は、請求書支払処理で1件当たり15分、経費精算で同5分増えていた。

10月以降「インボイス残業」発生へ 人件費「全国で月3400億円分」増加か LayerX試算

まず思いますよねホンマかよって。

15分ってYoutubeのちょっとした動画より長い*2ですからね。個別の請求書ではせいぜいが登録番号、適用される税率、税率ごとに分けた消費税額が増えるだけなのにそんなことになるか? それになんで手書きでやってんの? そんな条件あったっけ?

もちろん、これにはカラクリがあって「もとよりインボイス対応のシステム」を売りたい企業が「このままでは大変なことになりますよ」と喧伝するためのテストケースであって、別の言い方をすればデモンストレーションの材料です。だから、そもそも試算した企業でさえも、これがそのまま12倍になるなんて言ってません

普通に考えたら「だろうな」ってわかるだろうに、AbemaTVでゲロさせられたと聞いて同情心から咽び泣いているところです。

times.abema.tv

(従業員の)慣れであったり、会計ソフト側の対応だったり、もしくは我々のようなシステムベンダーの方のアップデートといった部分も、インボイス制度が進むごとにされていくと思うので、その部分は考慮に入れてない

インボイス対応コスト毎月3400億円は本当か? 試算した会社に聞くと…「年4兆円とは言っていない」

「こんな風に大変になるんですけど、会計システムは対応してますか? してない? じゃあ、ウチのシステムなんていかがですか?」っていう為の"こんなに大変になる"部分だけを切り出して自分たちの意見の補強に使われるの本当に堪ったもんじゃないですし、その所為で「いやまあ、こっちも商売なんで多少大げさに言った部分がない訳ではないので……」みたいな言い訳をメディアに掲載する羽目になったのも気の毒で仕方がない。なあ、考えたらわかるやろ。

これを日本ファクトチェックセンター編集長から直々に否定されたということで、ITメディア含め、これで大はしゃぎしてしまった皆様は、いよいよもって身の振り方を考えたほうがいいと思います。フェイク野郎どもが。

制度に反対する人たちが自分に都合のいいところだけつまみ食いして情報を出す危険性がある

インボイス対応コスト毎月3400億円は本当か? 試算した会社に聞くと…「年4兆円とは言っていない」

まあ、何にせよみなさんが消費税を「単なる商品・役務の対価の一部である」と思っているのなら、まずは預り金的な性質を持つと思いこんでいる課税事業者に対して「そういうものではない」という意思表示のために消費税記載をやめてみればいいんじゃないかと思います。いや、そういう金じゃないから、これ。って。

お互い言語が違うレベルで噛み合っていないんだから、音の響きや字面が似てるからって余計なことを書かないほうがいいと思いますけどね。僕なんかは。

それじゃ。

*1:ネタバレするとこのグラフだと1001円

*2:前後以外に広告がつけられる様になるのが8分からなので、収益効率を考えるとこれよりは長くなる