虚木零児の仮説置き場

虚木零児が他人の行動に仮説を立てるブログ

インボイス反対は誰がために?

虚木零児です。

インボイスにまつわる馬鹿騒ぎが終わり、散発的なガス抜き記事は出るものの、あれだけ騒がしかった皆さんも粛々と事業者番号を控えておられるご様子で何よりです。何十万筆という署名の意義、価値については特に申し上げることはございませんが、個人的には「署名に参加した一般人」を称するアカウントが「くだらないパフォーマンスに使われるために署名したんじゃない」って遺憾の意を表明していたのが最高にロックでした。

徹頭徹尾くだらないパフォーマンスに見えてましたけども。

ここに書かれていることは結果論であり、皆さんの頑張りを否定するものではなく、次の機会には気をつけましょう程度の話です。悔いても仕方ない。次に活かしましょう。次に。勿論、次は騒ぐなら法案成立前に騒ぐのが大前提なので今回みたいな馬鹿の騒ぎはやめましょう。はい。

ペンキで「空中分解」って殴り書きした頑丈な箱に詰め込むのもいいですが、せっかく皆さん頑張ったんだからきれいな思い出として飾っておきたい。僕はそう思ってネットの片隅にセコセコとこの記事を書いています。もうちょっと豪華な場所が用意できればよかったんですが。今はこれが精一杯。

登録しないと仕事が減る問題

消費者に商品を販売している我々の目の前に二人の個人事業主がいます。以前から課税事業者で頑張っているカゼイさんと、免税事業者で頑張っているメンゼイさんの二人がいます。二人は分類以外は料金、技量、生産速度などなどほぼ同じ。じゃあ、我々はどちらに仕事を依頼するべきなのでしょうか?

今までの帳簿方式であればどちらでもよかったんですよ。お支払いする額が同じなら、カゼイさんに払おうがメンゼイさんに払おうが消費税文は仕入税額控除を受けることができたので。

ところが、今回インボイス制度が適用されたことで、メンゼイさんの領収書では控除を受けることができなくなりました。なぜなら、メンゼイさんはインボイスが発行できなくて、控除にはインボイスが必要だから。

結果、同じ料金で仕入れるのであればカゼイさんの方が控除を受けられる分だけお得。メンゼイさんから仕入れた場合、我々は消費者が支払った消費税を全額丸かぶりして納付することになり、メンゼイさんに支払った消費税の分だけ損をします。

頼む側からしてみればそれだけカゼイさんを選ぶインセンティブがあるという話であり、メンゼイさんの仕事が減るというのもわからん話ではない。

可哀想なメンゼイさん。同じ値段で商売をしているのに……

このぐらいならね同情してくれる人もいたでしょう。技量も仕事の内容も同じ、料金設定だって変わっていないのに外部の要因、頼む側の処理の都合で仕事が奪われるなんてそんなことあっていいものか。いや、よくない。

まあ、これだけで終わってればよかったんですけどね。

登録すると収入が減る問題

メンゼイさんも黙って見ているわけには行きません。制度自体、望むならインボイス登録をすることで適格請求書の発行ができる立場になることができます。これで分類も同じでカゼイさんとも互角です。

ただし、その分、今までは免除されてきた消費税の納付を行わないといけません。彼、あるいは彼女の視点から見ると「インボイス登録をして課税事業者になり、消費税の納付を受け入れる」か、「免税事業者を維持して不利な立場に甘んじる」かの二者択一という訳です。

表1.インボイス登録と帳簿方式時代の対比

メンゼイさん、カゼイさんともに表で言う「b」の立ち位置、我々が「c」の立ち位置であるとしましょう。メンゼイさんは以前まではこの一連の取引で、3300円が懐に入っていたことになりますが、インボイス登録してしまうと3000円にまで下がってしまいます。

以前と同じ値段で商売しているはずなのに、可哀想なメンゼイさん。

……とはならんのよ、多くの人は。だって、君ら課税事業者はインボイスによる処理の変動がないようなこと言っちゃうんだもん。それってつまり、カゼイさんは以前からその収支だったってことですよね? 同じ値段で商売していたはずなのに。

消費税は預り金ではなく、商品・役務の対価

これはつまり、少なくとも帳簿方式の下ではカゼイさんとメンゼイさんとで消費税に対して以下のような認識の違いがあったという話であります。

  • カゼイ「消費税はいずれ納付しなければ行けないお金(≠報酬)」
  • メンゼイ「消費税は提供した商品・役務に対する報酬」

さらに言えば、帳簿方式においては依頼主である我々の方も認識が曖昧で、それらを区別していませんでした。消費税つって払ってるんだから、全部控除でいいやろ。二重課税を防ぐという意味では国に納付されない消費税=報酬の分まで控除できたらおかしい気もしますが、法律がそうなっていたんだから仕方がない。

しかし、まあそれも過去の話。現在は仕入税額控除にはインボイスが必要になりましたので、納付される消費税だけが控除に使えるということになりました。平たく言えば「実際は報酬なんだから消費税って呼ぶのやめろ」ってことです。

先程、インボイス適用後は「メンゼイさんからカゼイさんと同じ料金で仕入れても控除を得られない分、損をする」っていう書き方をしましたが、あれは微妙にウソが混じっていて、正しくはメンゼイさんの請求書に本体4000円+消費税400円って書いてあったとしても、実際は本体価格が4400円。なので、単純に高い商品を買っていることになり、その分だけ損をするっていうだけの話なんですよ。

試しにカゼイさん側の本体価格4400円の場合に値上がりさせればこの通り。

表2.免税事業者利用と課税事業者利用の差

「c」の差し引きは5600円で同じになりますよね。むしろ、控除を受けられないメンゼイさんが仕入れで払った消費税の分だけ、カゼイさんより損をしているぐらいの差しかない。

そもそも、我々のような依頼側が過去の商慣習で「消費税400円」としていたのをいいことにインボイス始まったから消費税分負けてよ」って交渉すること自体がおかしいって話ですし、インボイス登録した相手に「あ、消費税400円だよね? わかってるわかってる」って対応してるのがおかしいんですよ。

消費税は預り金ではない、商品や役務に対する対価だ! って言ってるんだから、そこはちゃんと自信を持ってやるべきですよ。「うるせえ、お前らが勝手に消費税扱いしていただけで、俺は報酬しか請求していねえ! 今後は4400円+消費税440円を支払いやがれ」ってね。

インボイスが本当に守りたかったもの

でも、そうはならなかった。インボイスは廃止すべきだという話になった。

声優や漫画家が「私はこのようにか弱く、事務処理もでるはずもなく……」ってプルプル震えてるんですけど、そもそも、事務負担・税務執行コストが重い人たちを助けるのが事業者免税点制度なんですから、遠慮なく免税事業者を続けましょうよ。

「それじゃ買い手が控除できないから、使ってもらえない……」っても、大変残念ですけど課税事業者と売上が同じなら、あちらのほうが安値で提供していますからね。

不利な競争だ! って気持ちはわかりますし、実際、以前と比較すると相対的には不利になってるんですけど、もともと税免除っていうゲタによって課税事業者よりも価格設定面で有利になっていた。そこで、ゲタがなくなったんだから、その価格設定は無理があるっていうだけですよね。

それにしたって、漫画家や声優なんておいそれと「代品」が見つかるような商売でもないでしょうから、登録しなかったがために「次からは課税事業者さんに頼むから」というようなもんでもなさそうな気がしますが……内情はわかりません。

いずれにせよ、反対派はインボイスにより不利になる事業者を守りたいだけ……ではないのは間違いないでしょう。帳簿方式の慣習で消費税として扱われきただけのものを真っ正直に消費税として扱われては困る。だけでもいいはずなのに、消費税は報酬の一部であると強弁してまで現行制度を保とうとしている訳ですからね。

これが、課税事業者の漫画家が個人事業主のアシスタントに支払う報酬が控除に使えなくて困る。っていう話ならまだわかりますよ。例に出した表の「c」の立場の人間は「b」ポジの人が折れてくれないとどう転んでも損をする。今回の場合で言えば「c」の立場にいる漫画家が嘆くのは"まだ"理解できます。正直、クソだと思いますけど。

でも、新人漫画家、新人声優みたいな「b」ポジ――厄介な事務処理が増える立場だ――って自認している人たちも反対を叫んでるんですよね。繰り返しになりますけど、帳簿方式の時代は報酬満額「4400円」で依頼してた人たちが「4000円+消費税」とか「4000円ポッキリ」に負けようとすることは認めるんですか? お前ら、今まで税制利用して報酬の一部を消費税扱いして安価で労働力を仕入れてきたんだろうが、これからはそれ出来んくなるんだじ。ちゃんと価格転嫁でもなんでもしろよ。とはならないんだなって。

いや、単純に内部から見た業界が斜陽産業過ぎて自分が死ぬまで保てばいい、みたいな志なのかも知れませんが。

「アシスタントに多めに報酬を支払おうとしたら、他の先生から圧力がかかったので下げました」とか「アシスタント入れないと作れない原稿に対する支払いがアシ代でも足が出る*1」みたいな話聞くと、「もうちょっとまともな産業構造になってくれ」以外に言いようがありません。そんなの、原稿料もっと払ってもらうか、アシスタント入れずに作るしかねえよ。せめて、国か自治体に補助金出してくれのほうが、まだ健全に見えますけど。補助してもらわないとやっていけない産業が「これからの日本を支える」とは到底思えないことを除けば。

主役不在のから騒ぎというより、主役張れないモブが集まって台本なしに好き放題セリフ並べ立てた、みたいな趣であり、徹頭徹尾くだらないパフォーマンスでしかなかったなあという実感をいだきながら終わりたいと思います。

次があるならうまくやりましょう。そんじゃーね。

*1:アシだけに